企画展|森岡督行「百年の果実」2025.12.13-12.21

百年前のカメラで百年前の果実を撮ったらどうなるのか。
このような好奇心から、写真展を開催することになりました。
撮影したのは1925 年に登場した桃や葡萄など。
当時の人々が持った期待が、写真の彼方に見えたような気がします。
時間を考えることにも繋がりました。
— 森岡 督行
starnet ZONE にて、森岡督行「百年の果実」を開催いたします。
日 程 2025年 12/13(土)、14(日)、19(金)、20(土)、21(日)
時 間 11:00-17:00(最終日15:00まで)
会 場 ZONE
◾️お話会 12月20日(土)14:00-15:00(無料)
*作家在廊 12/13, 12/19, 12/20
[ 作家メッセージ ]
●この度、はじめて写真展を開催することになりました。そのきっかけは、私のなかで以下の出来事(AとB)が、ほぼ同時に起こったことによります。
A
2024年の夏、『銀座百点』の連載を執筆していた私は、かつて銀座にあったカメラ店について調べていました。そこではライカが販売されており、その歴史を追ううちに、1925年にライカⅠ型の生産が始まったことを知りました。1925年といえば、松屋銀座が開店した年。その外壁が今も残っていることを思い出し、「1925年製のライカで、1925年築の松屋銀座を撮影したらどうなるだろう」という好奇心が生まれました。百年前のカメラと百年前の建築が出会うとき、そこに何かが起こるのではないか。こういう予感がしたのです。
この関心は建築にとどまらず、同じ1925年に生まれたものへと広がりました。たとえば、桃の白鳳、葡萄のネオマスカット、量子力学、雪印バター、そして書籍など。幸運にも1925年製のライカⅠ型を入手できたため、それを用いて、2025年の一年をかけて撮影してみようとなりました。
B
2024年の夏、インドの建築家ビジョイ・ジェインさんと話をしていた私は、「カル」というヒンディー語が「昨日」と「明日」の両方を意味することを知りました。さすがは「0」という概念を生んだ国、時間の感覚がまるで違うと思いました。一方で、ある方から「日本語でも、後日が未来を表し、先日が過去を指す」と教わりました。つまり、“後”が未来で、“先”が過去。時間の向きが反転しているのです。この逆転には驚き、私たちの中には、すでに直線的でない時間の感覚が無意識にインストールされているのではないかと考えたくなりました。では、その「別の時間」とは何なのか。未来の反対が過去ではないとすると、何と対応するのか。答えがないということは、そもそも問題が存在しないのか。――もともと写真には、「一瞬」と「永遠」が同居しているという性質があります。写真を撮りながら、2025年の一年をかけて、この時間の問題を考えてみようとなりました。
●そしていまこうしてAとBをやり終えてみると、次のような感想(A’とB’)を持ちました。
A’
百年前のカメラを百年前のものに向けると、その間にいる私の身体も、百年前の人間と何ひとつ変わっていないことに気づきました。その結果、百年前にタイムスリップしたような気になり、当時の人々が新しい技術や産物に寄せた期待や希望が感じられました。そしてそれが写真にも写り込んだように思います。
B’
時間は、遠い過去から遠い未来へと流れているように思えます。今という静止した一瞬など存在しない――けれど、写真は確かに「今」という瞬間があることを伝えている。
このような時間の不思議を、2026年も写真を撮りながら考えていきたいです。
森岡督行
<プロフィール>
1974年山形県生まれ。森岡書店代表。著書に『荒野の古本屋』(小学館文庫)、『800日間銀座一周』(文春文庫)など。GINZA SIX Podcast「銀座は夜の6時」ではパーソナリティーを担当している。

